病が重くとも前進できる(1)ほんねで接することのたいせつさ
こんにちは!
今回はある利用者さんとの出会いで、病はあっても前進できる。
そして心で接していくことが大切なんだ。
という気づきをいただいたお話です。
その出会いはどなられることから
その方のお名前はCさんとしていきます。
Cさんは指定難病の「脊髄小脳変性症」を患っており、指鼻テストもクリアできない方です。
筋力には全く問題がないですが、自力で立った瞬間にバランスを崩して転倒されてしまいます。
そんなCさんとの出会いからのお話をします。
Cさんと初対面の挨拶をしたあと、今後のリハビリ方針についてのお話をしました。
わたし:
「脊髄小脳変性症なのですね。これは大変ですね」
Cさん:
「もう治らないことは知っています」
「いろんなリハビリを受けましたがどんどん悪くなっています」
「だからなにをやっても無駄です。もう生きてても仕方がないと思っています」
わたし:
「そうなのですね。わかりました」
「でもなにかできること探しましょう」
Cさん:
「いや何をやっても無駄だとわかっているので結構です」
これが最初のやりとりでした。
わたしは、この症例の知識はあっても初めての臨床でした。
ましてや医療設備は一切ない。医療的バックアップは期待できない。
正直なところ「わたしになにができるんだろう」と不安になりました。
ただ何もしないということは、職務怠慢で嫌なのでした。
わたし:
「Cさん、筋力維持のためにとりあえずできる運動をしましょう」
Cさん:
「ええって。無駄やって」
わたし:
「そんなこと言わずにやりましょう」
Cさん:
「ええって」
わたし:
「さあやりましょうよ」
Cさん:
「ええっちゅうとんじゃあ!!!何やっても無駄や言うとるやろ!!!」
ええっ…そんなに激高するんや…どうしよう…
それが最初の出会いのできことでした
自分になにができる?まずはお話からだ。じっくりいこう。
衝撃の出会い。
逃げたい気分でした。
悲しいかなデイサービスはそれでもまた次の利用日がやってきます。
よっぽどでない限りまた来られます。
「さあどうするか。拒否されるので放置してもいいけど。それじゃ給料もらっているのにわたしの気が済まない」
じつはそのころ”ケア”の重要性に気づきだしたころでもあったので。
「よし。お話からはじめていくぞ」
こう思いました。
まずは同じテーブルに遠巻きに座って書類仕事をだまってする。
そして時間をかけて徐々に近くに座るようにしていきました。
だんだん座る距離がつまったところで、Cさんがしてきた仕事などの雑談をしていきました。
すこし打ちとけたところで。
わたし:
「Cさんの難病がどういうものなのかは私も知っています」
「それでもここに来てなにもしないより何かした方が楽しくないですか?」
Cさん:
「わたしはもう生きてても面白くないんです」
「リハビリしても以前のようになれないのはわかってるんです」
わたし:
「そうですね。治らないって言われている病気ですものね」
Cさん:
「死ぬのを待つ日々です」
わたし:
「それは大丈夫ですよ。私も含めていつか死にますから。ふふふ笑」
「でもその日を自分で決めるの難しいでしょう」
「だから、今何もせずにぼーっとしてても何も面白くないでしょう」
「わたしも給料もらって、Cさんに何もしないのは面白くないんです」
「わたしのためだと思っていっしょにリハビリしないですか?」
Cさんはこれといった返事をしませんでした。
そのあとわたしが運動を勧めると、何も言わず取り組んでくれました。
「Cさんが運動してくれた!」
その日のわたしは、家に帰ってからもなにかとっても暖かい気持ちになりました。
「わかりました。わたしを実験台にしてください」
そうして少しずつ運動に取り組んでもらえるようになりました。
ただ運動前にはまだこんなやり取りがありました。
わたし「Cさん運動しましょう」
Cさん「今日はいいです。やめときます」
さらにすすめると。
「もうええって‼」と声をあらげるときはありました。
そんなこんなでも、徐々に徐々に運動意欲は高くなってこられ、ちょっとした動作改善を喜ばれるようになっておられました。
わたしはこの疾患は初めての臨床になるので、本を読んで勉強していました。
ある日のことCさんにそのことをお話ししました。
わたし:
「Cさんの病気について勉強してます」
「こんなリハビリが有効と本に書いてました。やってみませんか?」
Cさん:
「わかりました。先生、私を実験台に使ってください」
「なんでもしますから」
わたしは感動して、なにか映画の中にいるような気分になりました。
病気は治らない。それでも前進できる。
この病気、「脊髄小脳変性症」は厚労省が指定する難病です。
進行性で一般的に治らないといわれています。
こんなことがありました。
Cさんの歩行訓練を動画にとって記録していたのですが、1年前と現在の比較をCさんと一緒に見てみました。
わたしは、かなり改善されているのでは?
そう信じていました。
ところが…
あきらかに動きが低下している。
わたしもCさんも何も言えず、
何とも言えない空気がただよいました。
その後、新年を迎えて今年の目標を短冊に書いてもらいました。
Cさんの短冊は、手がうまく動かせず苦労した文字で書いておられました。
そこには。
「小さな目標 大きな一歩」
と書かれていました。
リハビリするときはいつも、小さな目標を決めてリハビリに取り組んでもらっていました。
あの動画を見て無言となった後にこの短冊だったので。
「ああすごい…それでも前向きにおられる」って。
とてもとても感動しました。
今は悩みを聞いてもらうように。そして交流は今も続く。
最初の出会いでどなられて、これからどうなるんだろうと思ったあのときから、そのときのことを笑い話にできるようになった。
そして一緒に前進を楽しめるようになった。
Cさんとはいつも、「病気は治らないって言われているかもしれないけど、今日やることやって,それを楽しみましょう!」
Cさんはそれを微笑みで返す。
こんなやりとりをしています。
現在は病状の進行が明らかに遅くなっており、医師もそれを認めていました。
わたしはCさんとの出会いで、本心で接するということの大切さの気づきをいただきました。
本心で接するうちにわたしが悩みを吐き出して、それを聞いてもらったり。
わたしがCさんから元気をいただいています。
Cさんとはわたしがデイサービスをやめたあとに再び会うようになります。
そして現在も交流が続きます。
続きはこちらからどうぞ。
「病は重くとも前進できる(2)」
今回はここまでで!
最後までお読みいただきありがとうございます!
みなさまに幸せが届きますように!
感謝!